砂漠 横断中

「カラハリ砂漠は、とっても イイ とこだぜ。」 の、フタコブ駱駝 の口車に乗って、軽薄な私は カラカラ に乾いた赤茶けた大地を踏み締めていた。 細かく小麦粉のような砂と違って、ゴツゴツ の砂粒は 足裏 に負担を掛ける。背中の巨大な重たい 水筒型リュック が、肩を締め付ける。砂漠じゃ、 食いもんよか、水だよな、の アドバイス など聞かなければよかった。内臓の内蔵型フタコブ 水入れなんぞ、お前さんには無い、己 で背負えば イイ んだよ、の言葉が疲れを倍増させる。水の補給より、喉の渇きよりも、水筒リュック の重さが堪えるのは如何なものか。砂漠の素晴らしさは、ジェットヘリ や観光バス での移動じゃぁ、到底 分からんぜ、歩けや。嗚呼 暑い、インド人もまいる程の、日本の蒸し暑さに比べれば、湿気の無い カッラカラ 砂漠 など楽勝だよ、の駱駝声など、水筒の当たる痛さと、背中が汗で グチャグチャ の不快さは何を言わんかやの無責任さ。扇風機 の風が、冷たい麦茶 が、 夏は キュッ と冷えた 西瓜 だよな、スイカ の原産はアフリカ大陸 だったな、野生の スイカ を、オアシス の湧き水で冷やして齧りつきたい、でかい 水筒 が有りゃ死なないよ、なんてぇのは只の戯言か。熱くて死にそうってのは戯言、そう考えてるうちは未だ体は大丈夫、ということは、平気だ元気だ、微温湯 が美味いと思った瞬間が極限飢餓状態か。太陽光に照らされた、背負い型タンク の水を口へ運べば、猫舌ラクダ も激怒の お湯 へと変貌。殺菌効果で 腐り水 にはならない、などと考えていられない。 「ようッ、お前さんは 小説家 でも 冒険家 でもないだろ ?、旅行家 かよ。」 幻聴か、野生の 西瓜 でも よいから、甘くなくてもいいから食べたい、オアシス の清らかな 水 を 腹イッパイ 揉みたい、じゃない、飲みたいと思っていたら、クチ 一杯 に 砂 を 食んでいた、なんて映画じゃあるまいし。